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広島地方裁判所呉支部 昭和29年(ワ)91号 判決

原告 有留純雄

被告 住吉マサエ 外二名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告等は原告に対し連帯して金三十万円、被告呉市は右金員のほか金二十万円、及びこれに対する被告住吉マサエ、同呉市については昭和二十九年四月十八日より、被告国については同年同月二十日より右完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告等の連帯負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求める旨申立て、その請求の原因として

一、(一) 昭和二十八年五月二十日当時呉市広町、新家鶴松方に居住していた訴外松田照次が、食品店を営む同市同町大新開千五十二番地被告住吉マサエ方に於て、同被告に対し同町所在キヤバレーホワイトローズこと訴外串山近子方の料理人である旨虚偽の事実を申し向けて同被告を欺き、よつて同被告より価額約八百円相当の鶏卵十個及びコンビーフ等を騙取するという事件があつた。

(二) その翌二十一日夜右詐欺事件の被害者である被告住吉マサエは、偶々右串山近子方に於て駐留軍兵士と飲酒交歓して戯れている原告に出会つたのであるが、原告が附近で飲食店を営んでいる者であり、且つ右詐欺事件発生の翌日、欺罔手段として、自己の勤務先であると偽つた当の串山近子方に於て飲酒しているのであるから、常識上原告が右事件の犯人であるとは考えられないのに拘らず、これらの事実を思い廻らすこともせず、唯単に原告の容貌が前記犯人たる訴外松田照次の容貌に似ているところから、不注意にも原告を右事件の犯人であると即断し、直ちに電話を以て当時被告呉市の自治体警察であつた広警察署の当直中の司法巡査訴外河原一博に対しその旨届け出た。

(三) そして右河原一博巡査は前同日被告住吉マサエの右届出に基いて直ちに右串山近子方に赴き、理由も告げずに原告を同所より広警察署まで強いて連行した上、同署に於て原告に対し「お前は住吉の卵とコンビーフをやつたろうが。」と申し向け、原告が「冗談も良い加減にしてくれ。」と否認したところ、「お前がやつたんだ。豚箱に入つていればいいのだ。」と言い、更に原告が「人違いだつたらそれだけのことをしてくれるか。」と詰ると、「おうしてやる、してやる。」と答えつつ、原告の右否認及び前記(二)の如き常識上原告を犯人と考えられない諸事情の存することを顧みようともしないで、軽々しく原告を右(一)の詐欺事件の被疑者として緊急逮捕し同署留置場に留置した。

(四) ついで翌二十二日広警察署巡査部長訴外平一行が右(一)の詐欺被疑事件につき原告の取調に当つたのであるが、その際原告は同巡査部長に対し前記(二)の如き常識上原告を犯人と考えられない諸事情を申し述べると共に、自己のアリバイを詳細に説明して犯行を否認したところ、同巡査部長は唯一言「よし」と答えたに止まり、右原告の供述に充分の考慮を払うことなく軽卒にも原告を犯人であると速断し、前記被疑事実により同日広島地方裁判所呉支部裁判官に原告に対する逮捕状を請求してこれを得た上、その翌二十三日身柄拘束のまま原告を前記詐欺被疑事件の被疑者として呉区検察庁検察官に送致した。

(五) 呉区検察庁に於ては同検察庁検察官副検事訴外青山昌夫が原告に対する右詐欺被疑事件の捜査に当つたのであるが、このような場合検察官としては司法警察職員を指揮して捜査を補助せしめ得る等の権限を充分に行使して被疑者の弁解の真否を確め、以て基本的人権の保障を全うすべき職務上の注意義務を負うてをり、而もその際右義務を遂行するに必要な時間的余裕等も存していたのに拘らず、軽卒にも当初より原告が犯人であるとの予断を以て捜査に臨み、前記職務上の義務を果すことを怠り漫然原告を犯人であると判断した上、同月二十三日前記被疑事実により広島地方裁判所呉支部裁判官に原告に対する勾留状を請求してこれを得、遂に原告をして不当に呉市吉浦町呉拘置支所に拘禁されるに至らしめた。同副検事は更に右呉拘置支所拘禁期間中三回にわたつて原告を尋問したが、右尋問の都度原告の面前で取調机を手で叩き足で蹴り、又原告に対し「お前がそんなに強情を張るなら張つてもよい。認定裁判で刑を打つから。」とか「自分の金が続くまで東京まででも行け。こちらは国の金で行くのだからどこまででも裁いてやる。」等と申し向けて脅迫し、以て原告を畏怖せしめた。

(六) そして漸く同月三十日に至り、原告の要求によつて同検察庁検察事務官訴外西川悟が原告のアリバイを立証する原告の同居人等を取調べた結果、原告については前記詐欺事件の嫌疑がないことが明かとなり、原告は同年六月一日釈放されたのであるが、右釈放に際し西川検察事務官は原告に対し「今からこんな事をするな。帰してやる。」等と不当な言葉を申し向け以て原告を侮辱した。

二、(一) 昭和二十八年五月十九日前記松田照次が乾物商を営む呉市広町大新開訴外藤三食品株式会社に於て、同会社店員訴外藤村ハツネ及び高田律子に対し、同町所在武田食料品店の使の者である旨虚偽の事実を申し向けて同人等を欺き、よつて同人等より価額金二千円相当の味の素金罐一個を騙取するという事件があつた。

(二) 当時被告呉市の自治体警察であつた広警察署の司法巡査訴外西谷幹夫は、前述一の(六)の如くえん罪により逮捕されたことが明かとなつて釈放されたばかりの原告に対し、漫然右(一)の詐欺事件の犯人ではないかとの嫌疑をかけ、右高田律子に原告の写真を示し、更に同年六月五日午後四時頃同人及び右藤村ハツネを伴い同市広町金星座劇場に到り、同劇場に於て映面観覧中の原告の容貌につきひそかに同人等をして所謂面割りをせしめた結果、軽卒にも原告を右犯人であると即断した上、この予断に基き原告を同劇場前に連れ出して「やつたろうが、味の素をやつたろうが。」等と言い、原告が「何のことか私には分りません。」と否認するのを無視して「何でもよいから来い。」と申し向け、そのまま原告を右詐欺事件の被疑者として同町末広交番所まで連行した。そして連行後同交番所に於て交々原告に面接した他の同種の詐欺事件の被害者等が「犯人と似ているが違う。」とも言つてをるのに拘らず、同巡査は不当にも原告に対する右犯罪の嫌疑を固執して「弁償さえすれば事件はここで済むことじやないか。」と申し向けて原告に対し自白を強いた。そこで原告は前述一のように生々しく経験した無実の罪による拘禁の苦しみ、就中検察庁における不当な威迫と辱しめとが再現することを思つて殆んど戦慓し、「二千円位のことなら直ぐ払うから被害者が言う通りに私がやつたことにしてくれ。」と答えたところ、同巡査が「それでは駄目だ。お前が言わないといかぬ。」と言うので、更に同巡査の誘導により供述してみたが辻褄が合うには至らなかつたのに、同巡査は不法にも原告を右藤三食品株式会社に関する詐欺事件の被疑者として緊急逮捕し、原告の身柄を広警察署に送つた。

(三) ついで翌六日同警察署巡査部長訴外平一行が右詐欺被疑事件につき原告の取調に当つたのであるが、同巡査部長は既に前記一の住吉マサエに関する詐欺事件につき原告を被疑者として取調べ呉区検察庁に送致してをり、同事件が同検察庁に於て嫌疑なしの裁定を受け原告の無実が明かにされたばかりであることを知つておりながら、充分な捜査をなさず不注意にも再び原告を右詐欺被疑事件の犯人であると誤認し、同日広島地方裁判所呉支部裁判官に対し原告に対する逮捕状を請求してこれを得た上その翌七日身柄拘束のまま原告を右詐欺被疑事件の被疑者として呉区検察庁検察官に送致した。

(四) 呉区検察庁に於ては同検察庁検察官副検事訴外浅木森成男が原告に対する右詐欺被疑事件の捜査に当つたのであるが、このような場合検察官としては司法警察職員を指揮して捜査を補助せしめ得る等の権限を充分に行使して被疑者の供述の真否と、その弁解しようとするところを確め、以て被疑者の基本的人権の保障を全うすべき職務上の注意義務を負つており、而もその際右義務を遂行するに必要な時間的余裕等も存し、且つ既に原告に対しては検察官同一体の責任に於て、前記一の詐欺事件につき誤つて無実の罪を問い拘禁したことが明かになつたばかりであり、更に原告が同副検事になした自白は右(三)の広警察署平巡査部長の取調べの際に原告が被害者等の供述調書を読んで得た知識に基く虚偽のものであり、而もその内容は依然詐欺の犯意を否認するものであつたのに拘らず、同副検事は前記注意義務を果すことを怠り漫然原告を犯人であると判断した上、同月七日前記被疑事件により広島地方裁判所呉支部裁判官に原告に対する勾留状を請求してこれを得、これを執行することによつて原告をして不当に呉市吉浦町呉拘置支所に拘禁されるに至らしめた。

(五) その後前記検察事務官訴外西川悟が原告の取調に当つたのであるが、同人も原告を犯人であると誤信し、同月十日原告を尋問して詳細な虚偽の自白をなさしめ、更に原告をして金二千円の被害弁償までも行わしめた上、同月十六日まで不当に原告の勾留を継続させた後、同日漸くにして原告を起訴猶予処分に附して釈放した。

三、(一) 右二の詐欺被疑事件について、原告は同月十六日釈放されたのであるが、その釈放直後である昭和二十八年六月二十三日に前記訴外松田照次が広警察署に検挙され、その結果同人は十数件にわたる詐欺事件を犯したこと及び前記一の(一)及び二の(一)各詐欺事件も自己の犯行であることを自白した。従つて同警察署司法警察職員としては速かに訴外松田照次を右両詐欺事件の被疑者として検察官に送致し、以て原告の無実であることを明確にするよう努力すべきであつたのに拘らず、却つて原告を被疑者として逮捕送検した右一、二記載の過失を祕匿するため、故らに右両詐欺事件の検察官送致を留保し同警察署に於てこれを握り潰してしまつた。

(二) その後同年十月頃同警察署巡査部長訴外原勇は原告が前記二の(一)の詐欺被疑事件について弁償した金二千円を右真犯人から取り戻してやる旨を約束しながら故らにその実現を遅延した。のみならず翌昭和二十九年二月七日夜原告は偶々友人石田某から「原巡査部長は既に広警察署より他に転勤している。原告は意気地がない。」等と嘲弄されたので、原告は自己の潔白を証明するため同夜直ちに前記藤三食品株式会社を訪れて同会社代表取締役訴外藤村義男の長男訴外藤村新左衛門に同行を求め、同人と共に同警察署に赴いたところ、その場に居合せた同警察署員数名から不当にも「お前は度々来るが被害弁償金が欲しくて来るのか。係が違うから原巡査部長の自宅に行け。」等と罵倒されて侮辱を受けるに至つた。

(三) ここに於て被告住吉マサエ及び被告呉市の公務員である広警察署司法警察職員、被告国の公務員である呉区検察庁検察官、検察事務官等の原告に対する前述のような不当な申告、逮捕、勾留並にその後の不当な仕打や、原告の釈放及び訴外松田照次検挙以来の右広警察署司法警察職員の無責任な態度に対する原告の怨嗟憤激の情は絶頂に達し、かくては自己がえん罪により蒙つた物心両面の損害を回復し、又近隣の人々よりの疑惑を解消する由もないと絶望厭世の気持に陥つた挙句、遂に死を以て右の不当な仕打や無責任な態度に抗議しようと決意し、同夜直ちに約一升五合飲酒した上カルモチン二百錠を服用して自殺を企てた。その結果同夜は意識不明のまま路上に横たわり、翌二月八日朝パトロール中の広警察署員に発見されて一旦帰宅後、直ちに呉市広町広島医科大学附属病院に入院治療を受け、入院三日にして漸く覚醒し意識も正常となつた。然し原告はそのため右足第一、二及び第三趾にカルモチン中毒性潰瘍を発して局所疼痛甚だしく殆んど壊死状態に陥り、同年三月四日右第一、二及び第三趾の切断手術を受け同年四月三日迄右附属病院に於て入院加療を続けたが、遂に原告は不具の身となるに至つた。

四、(一) 原告は当時呉市広町南古新開千二百二十七番地において内縁の妻訴外高殿シズノと共に飲食店を経営していたものであるが右一、二の逮捕勾留等及び右三の傷病等により

(イ)  原告が右逮捕勾留の期間中拘禁のため特別に費した経費金一万円、及び同期間中飲食店を休業したために生じた一日平均千円の得べかりし利益の損失金二万四千円

(ロ)  原告が右傷病治療のため昭和二十九年三月三十一日までに費した経費金八万三千円、及び前同日までの治療期間中飲食店を休業したために生じた一日平均千円の得べかりし利益の損失金五万二千円

(ハ)  原告が右逮捕勾留等により営業の信用を失墜し、又精神上苦痛を蒙つた損害金二十万円

(ニ)  原告が右傷病により不具となつたための損害金二十万円

以上合計金五十六万九千円の損害を蒙つた。

(二) 叙上原告に対する逮捕勾留及び原告の傷病等は、前記一乃至三に於て詳述した如く公権力行使に当る被告呉市、同国の前記各公務員がその職務を行うについての故意若くは過失、及び被告住吉マサエの過失に基く共同不法行為の結果である。従つて原告が蒙つた右(一)の損害中被告呉市はその全額金五十六万九千円について、被告国は(イ)、(ロ)、(ハ)の合計額金三十六万九千円について、いずれも国家賠償法の規定により、又被告住吉マサエは(イ)の拘禁のための経費と休業による損失の各半額及び(ロ)、(ハ)の合計額金三十五万二千円について民法の規定により、夫々原告に賠償すべき義務を有する。

よつて原告は被告等に対し右損害中金三十万円を連帯して、被告呉市に対しその他更に金二十万円を単独で、及び被告住吉マサエ、同呉市については本件訴状送達の日の翌日である昭和二十九年四月十八日より、被告国については同じく同年同月二十日より右完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるため、本訴請求に及んだと述べた。〈立証省略〉

被告住吉マサエ、同呉市訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、請求原因に対する答弁として(番号はいずれも前記原告の請求原因に付した番号に対応するものである)

一、(一) 認める。

(二) 被告住吉マサエが原告主張の日時に、当時被告呉市の自治体警察であつた広警察署の司法巡査訴外河原一博に対し、原告主張の如き内容の届出をなしたことは認めるが、その余の事実は否認する。被告住吉マサエの右届出は、原告と訴外松田照次とが年齢、人相その他に於て全く相酷似していたところから、原告を犯人であると確信したためであつて、斯く判断することは社会通常人としてやむを得ないところであり右人違したことにつき過失ありとして被告住吉マサエの責任を問うことは甚だしく酷である。

(三) 訴外河原一博巡査が被告住吉マサエの届出に基き、原告主張の日時場所に於て原告を右(一)の詐欺事件の被疑者として緊急逮捕したことは認めるが、その余の事実は否認する。右緊急逮捕は同巡査が訴外串山近子方に到り被告住吉マサエをして二回にわたり原告に面通しさせたところ、同被告は原告が犯人であるに相違ない旨をはつきり供述したこと、右串山近子から原告が「今金は持つておらぬがビールを飲ましてくれ。自分の叔父は広署で巡査部長をしている。」と述べたのでこれを拒絶した旨聞知し、この点について調査した結果、さような巡査部長は広警察署に勤務していないことが判明したこと、及び高殿シズノ方に赴いて同人方仲居松平ナナ子、坂口スエノ等につき詐欺事件の発生した昭和二十八年五月二十日午前中における原告の動静を尋ねたところ、同人等は原告はよくパチンコに行くので右日時に高殿シズノ方に居たか否かはつきりしない旨答えたので原告のアリバイも措信し得なかつたこと等から、犯罪の嫌疑充分であると認め而も急速を要したために行つたもので、その間何等の違法も存しない。

(四) 訴外平一行巡査部長が原告に対する緊急逮捕の逮捕状を裁判官に請求してこれを得た上、身柄拘束のまま原告を右(一)の詐欺被疑事件の被疑者として検察官に送致したことは認めるが、その余の事実は否認する。右逮捕状請求及び検察官送致は、原告の自白こそなかつたけれども前記(三)の如き諸事情の存在により右(一)の詐欺事件につき原告の犯罪の嫌疑を認めるに充分な理由と身柄拘束の必要とがあつたためで、同巡査部長は刑事訴訟法による時間的制約を受けつつも相当な注意を払つて合法的捜査を遂行してをり、何等の違法も存しない。なお右詐欺被疑事件の送致先は広島地方検察庁呉支部検察官である。

(五) 原告がその主張日時に呉市吉浦町呉拘置支所に勾留されたことは認める。

(六) 原告が右(一)の詐欺事件につき嫌疑なしとの裁定を受けたことは認めるがその他は知らない。原告が右裁定を受けた日時は昭和二十八年六月五日である。

二、(一) 認める。

(二) 訴外西谷幹夫巡査が原告主張の日時場所に於て原告を右(一)の詐欺事件の被疑者として緊急逮捕したことは認めるが、その余の事実は否認する。右緊急逮捕は同巡査が被害者である訴外藤三食品株式会社の店員訴外高田律子等をして原告に面通しさせたところ、同人等は原告が犯人であるに相違ない旨を供述したこと、その際原告が同巡査に対し右詐欺事件を犯してはいないが金を払うから許してくれ云々と述べ、犯行を自白するが如き或はせざるが如き頗る瞹昧な態度を示したこと、及び右詐欺事件の犯行手口が前記一の(一)記載の詐欺事件の犯行手口と同一であること等から、犯罪の嫌疑が充分であると認め、而も急速を要したために行つたもので、その間何等の違法も存しない。

(三) 訴外平一行巡査部長が原告に対する緊急逮捕の逮捕状を裁判官に請求してこれを得た上、身柄拘束のまま原告を右(一)の詐欺被疑事件の被疑者として検察官に送致したことは認めるが、その余の事実は否認する。右逮捕状請求及び検察官送致は前記(二)の如き諸事情の存在により右(一)の詐欺事件につき原告の犯罪であることの嫌疑を認めるに充分な理由と身柄拘束の必要とがあつたためで、同巡査部長は刑事訴訟法による時間的制約を受けつつも相当な注意を払つて合法的捜査を遂行してをり、その間何等の違法も存しない。なお右詐欺被疑事件の送致先は広島地方検察庁呉支部検察官である。

(四) 原告がその主張日時に呉市吉浦町呉拘置支所に勾留されたことは認める。

(五) 原告の勾留中訴外高殿シズノに於て訴外藤三食品株式会社に対し金二千円の被害弁償をしたこと、並びに原告が右(一)の詐欺事件につき起訴猶予処分に付されたことは認めるが、右処分の日時は昭和二十八年六月十七日である。

三、(一) 訴外松田照次が原告主張の日に広警察署に検挙され原告主張の如き内容の自白をしたこと、並びに同警察署司法警察職員が右松田照次を被疑者とする前記一の(一)及び二の(一)各詐欺事件のみを検察官に送致しなかつたことは認めるが、その余の事実は否認する。訴外松田照次を右両事件の被疑者として検察官に送致しなかつたのは原告主張の如く同署司法警察職員の過失を祕匿するためではなく、右両事件は既に原告を被疑者として立件送致済である上に、前記藤三食品株式会社関係の事件については原告が検察庁に於て自白し被害弁償までも行つていて、たとえ右松田照次の自白があつてもその真偽は俄かに断定し難い状況にあつたためである。

(二) 原告主張の頃訴外原巡査部長が原告に対し、前記二の(一)の訴外藤三食品株式会社に関する詐欺事件の真犯人から原告の支払つた被害弁償金二千円を取戻してやる旨約束したことは認めるが、その余の事実は否認する。右約束の実現が遅延したのは訴外松田照次に於て右金員支払を遅延したためである。

(三) 原告がその主張の日時に飲酒の上カルモチンを服用して意識不明に陥り、広島医科大学附属病院に入院したことは認めるが、右飲酒服毒行為が原告主張の如く被告住吉マサエ、被告呉市及び被告国の各公務員による不法行為に基因するものであることは否認し、右飲酒服毒行為による傷病の程度は知らない。右飲酒服毒行為は原告(当時二十五才)とその内妻高殿シズノ(当時四十二才位)との折合が思わしくなかつた昭和二十九年二月初旬高殿シズノが大阪方面に旅行して不在中に原告の惹起した営業上の収益に関する不始末等が、同月七日帰宅した高殿シズノに発覚する虞があつたことに基因するものであつて、広警察署職員の犯人誤認事実等とは何等の因果関係もない。そのことは右飲酒服毒行為が原告の訴外藤三食品株式会社に関する詐欺事件の勾留から釈放された昭和二十八年六月十七日より七ケ月余を経過した後である昭和二十九年二月七日になされた事実からしても明白である。

四、(一) すべて否認する。尚原告は訴外高殿シズノの営む飲食店営業の手伝をしていたに過ぎない。

(二) 否認する。被告呉市の公務員たる前記広警察署司法警察職員の公権力の行使は職務上正当な行為を何等過失なく遂行したものであり、又被告住吉マサエの犯人誤認についても何等責むべき過失は存せず、従つて被告呉市、同住吉マサエは原告に対し損害を賠償すべき義務を有しないのであるから、原告の本訴請求は失当として棄却さるべきであると述べた。〈立証省略〉

被告国指定代理人は主文同旨の判決を求め、請求原因に対する答弁として(番号はいずれも前記原告の請求原因に付した番号に対応するものである)

一、(一) 認める。

(二) 知らない。

(三) 原告がその主張日時にその主張の如き詐欺事件の被疑者として逮捕されたことは認めるが、その余の事実は知らない。

(四) 原告主張の日時に被告呉市の広警察署司法警察員が、原告を被疑者とする右(一)の詐欺被疑事件を身柄付のまま検察官に送致したことは認めるが、右送致先は広島地方検察庁呉支部検察官である。その余の事実は知らない。

(五) 副検事訴外青山昌夫が原告に対する右(一)の詐欺被疑事件の捜査に当り、原告主張の日時に広島地方裁判所呉支部裁判官に対して勾留状を請求しこれを執行した結果、原告がその主張の如く勾留されるに至つたことは認めるが、その余の事実は否認する。同副検事が右の如く原告に対する勾留状を請求したのは、事件送致を受けて即日原告に被疑事実に対する弁解を求めたところ、原告は犯行を否認したが、送致を受けた書類には被害者たる被告住吉マサエに於て昭和二十八年五月二十一日原告と面接した結果、コンビーフと卵とを騙取した男は原告に相違ない旨の司法巡査に対する供述調書があつたので、右送致事実が原告の犯行であると認めるに足りる充分な理由があり、且つ原告は犯行を否認していたので証拠隠滅及び逃走の虞があつたためである。そして同副検事は原告を勾留した後、更に同月二十八日被告住吉マサエに原告を面接させたところ、同被告は重ねて原告が犯人に相違ないと申し立ててをり、而も当初原告の犯行否認とアリバイ申立とを措信するに足りる事情はなかつたのであつて、同副検事が原告を犯人であると認定したことについて何等原告主張の如き過失は存しない。

(六) 原告のアリバイ申立が真実であることが判明し、原告がその主張日時に右(一)の詐欺事件の嫌疑なしとして釈放されたことは認めるが、その余の事実は否認する。

二、(一) 認める。

(二) 原告がその主張日時にその主張の如き詐欺事件の被疑者として逮捕されたことは認めるが、右逮捕の際の原告の虚偽の供述が前記一の訴外青山副検事及び西川検察事務官の脅迫乃至侮蔑的取調に基因することは否認し、その余の事実は知らない。

(三) 原告主張の日時に被告呉市の広警察署司法警察員が、原告を被疑者とする右(一)の詐欺被疑事件を身柄付のまま検察官に送致したことは認めるが、右送致先は広島地方検察庁呉支部検察官である。その余の事実は知らない。

(四) 副検事訴外浅木森成男が原告に対する右(一)の詐欺被疑事件の捜査に当り、原告主張の日時に広島地方裁判所呉支部裁判官に対して勾留状を請求しこれを執行した結果、原告がその主張の如く勾留されるに至つたことは認めるが、その余の事実は否認する。同副検事が右の如く原告に対する勾留状を請求したのは、勾留請求に先立ち原告の弁解を求めたところ、原告は被疑事実中物件の交付を受けたことはこれを認め、犯意の点につき、代金は翌日払うつもりであつた旨弁解し、更に送致を受けた書類中に昭和二十八年六月五日被害者たる訴外高田律子及び目撃者たる訴外藤村ハツネの両名が原告と面接した結果、右両名の犯人は原告に相違ない」旨の司法巡査に対する供述記載があつたので、右送致事実が原告の犯行であると認めるに足りる充分な理由があり、且つ犯意の点が明確を欠き更に捜査を継続する必要があり、従つて証拠隠滅の虞があつたためである。従つて同副検事が原告を犯人であると認定したことには原告主張の如き過失は存しない。

(五) 原告がその主張の日時に訴外西川検察事務官に対し犯意の点をも含み犯行の詳細を自白した上、その主張の如く被害弁償をなし、その結果原告がその主張の日時に釈放されて起訴猶予処分に付されたことは認めるが、その余の事実は否認する。同検察事務官が原告を真犯人と認定したのは、右原告の自白が存在したことと、右自白の日検察官訴外河合浩に於て前記高田律子を原告に面接させたところ、同人が重ねて犯人は原告に相違ない旨申し立てたことからであつて、右西川検察事務官の措置には何等の違法もない。そして右原告の詳細な自白も前記青山副検事及び西川検察事務官の脅迫乃至侮蔑的取調に基因するものではない。なお原告が右(一)の詐欺事件につき起訴猶予処分に付されたのは昭和二十八年七月二日である。

三、(一) 原告主張の日時に訴外松田照次が広警察署に検挙され、その頃同人が前記一の(一)及び二の(一)各詐欺事件についても自己の犯行である旨自供したことは認めるが、その余の事実は知らない。

(二) 知らない。

(三) 知らない。

四、(一) 原告の営業を認め、その余は知らない。

(二) 被告国の公務員に職務上過失があり被告国が原告に対する損害賠償義務を有するとの主張は否認すると述べた。〈立証省略〉

理由

原告主張の請求原因について以下順次判断を加える(番号はいずれも前記原告の請求原因に付した番号に対応するものである)。

一、(一) 昭和二十八年五月二十日訴外松田照次が食品店を営む呉市広町大新開千五十二番地被告住吉マサエ方に於て、同被告に対し同町所在キヤバレーホワイトローズこと訴外串山近子方の料理人である旨虚偽の事実を申し向けて同被告を欺き、よつて同被告より価額約八百円相当の鶏卵十個及びコンビーフ等を騙取したことは各当事者間に争いがない。なお成立に争いのない甲第六、二十六号証によれば右騙取の時間は同日午前十時三十分頃であつたことが認められる。

(二) 被告住吉マサエがその翌二十一日夜偶々右串山近子方に於て原告と出合い、同人を右詐欺事件の犯人であると信じて、直ちに当時被告呉市の自治体警察であつた広警察署の司法巡査訴外河原一博に対しその旨届け出たことは、原告と被告住吉マサエとの間に争いがない。右争いのない事実に証人松田照次、串山近子、河原一博、原勇、高田律子、藤村ハツネの各証言、被告住吉マサエ本人尋問の結果並びに成立に争いのない甲第六、二十六号証、原告及び松田照次の各写真であることに争いのない検乙第一号証の一、二を綜合すれば次の事実が認められる。即ち訴外松田照次は右(一)の詐欺事件の他に、その前日である同年五月十九日にも被告住吉マサエ方を訪れ、同被告に対し右ホワイトローズこと串山近子方の料理人である旨虚偽の事実を申し向けて味の素を騙取しようとしたが、品切れのためその目的を遂げるに至らなかつた。従つて同被告は連続二日にわたり右訴外人と面接応待した記憶印象を有していたものであるところ、偶々同被告が右(一)の詐欺事件の翌二十一日夕方右串山近子方に入つて行く原告を見かけた際、その顔形と歩く姿とが右松田照次と瓜二つと思われたので、なお念のため重ねて右串山近子方裏口より原告を観察し、その顔形、背恰好、言葉附及び着衣が前記犯行当時の同訴外人のそれと酷似していることを再確認した上、自己同様の被害者が続発することを虞れ、直ちに電話を以て右事情を広警察署の当直中の司法巡査訴外河原一博に届け出た。而して原告と訴外松田照次の顔貌の類似性はこれを正面より見れば比較的薄いけれども側面より見れば極めて高度であり、犯罪捜査に専従している司法警察職員たる訴外河原一博、原勇に於てすら右両名を混同誤認する可能性があり、現に後記二の(一)の訴外藤三食品株式会社に関する右松田照次の詐欺事件についても、被害者である訴外高田律子、藤村ハツネは原告と右松田照次とを誤認している程である。以上のように認められ他に右認定をくつがえすに足りる適確な証拠はない。

凡そ私人が他人に対し犯罪の嫌疑をかけこれを犯罪捜査機関に通告するに当つては、これによりその者の名誉が毀損されるに至るであろうことは当然予想されるところであるから、基本的人権を永久不可侵の権利として保障する憲法の理念に照らしても、充分に注意深く犯人との同一性その他諸般の情況を考慮し、犯罪の嫌疑をかけるに相当な客観的根拠を確認した上でこれをなすべく、軽卒な通告は飽くまで避けなければならないことは勿論であつて、これに欠くるところがあれば当然不法行為上の責任を負わねばならないのであるけれども、他面私人が犯罪捜査機関に対し犯罪嫌疑者を通告して捜査に協力することは、犯罪を予防鎮圧し社会の法秩序を維持する上に極めて望ましいところであるから、通常人として客観的な判断を以て犯人と思料し、これを捜査機関に通告した場合、仮りに後に至つて偶々真犯人でなかつたことが判明したとしても、右通告を不当なものとして過失の責を負わしめるのは難きを強いるものであつて、却つて妥当でないといわなければならない。ところで右認定の事実から判断すれば被告住吉マサエが原告に対し前記(一)の詐欺事件の犯人であるとの嫌疑をかけ、その旨訴外河原一博巡査に通告するについては、再度にわたつて原告の顔形、背恰好、言葉附、歩き方及び着衣等の諸特性を検討して、その前二回に亘る詐欺、同未遂事件の際に自己の面接応待した犯人に関する記憶印象と対比しその類似性を確認してをり、而も客観的にみて原告と右犯人たる訴外松田照次との類似性は極めて高度のものなのであるから、被告住吉マサエとしては社会通常人に要求される前記の如き注意義務を全うしてをり、何等責むべき過失を犯してはいないものと認めるのが相当である。原告は被告住吉マサエに於て右届出の際、原告が附近で飲食店を営んでいる者であり、且つ右(一)の詐欺事件発生の翌日、欺罔手段として自己の勤務先であると偽つた当の串山近子方に於て飲酒していることを思い廻らしたならば、常識上原告を右事件の犯人であるとは考えられなかつたであろうと主張する。然し当時被告住吉マサエに於て原告が附近で飲食店を営んでいるものであることを知つていたと認めるに足りる証拠はなく、更に又詐欺事件の犯人が嘗て詐欺手段として述べた場所に於て飲酒することは常識上必ずしもあり得ないことではないから、これを以て直ちに前認定をくつがえし得ないのみならず、前認定の如く原告と右犯人松田照次との類似性が極めて高度であつた情況下に於ては、被告住吉マサエが原告を以て犯人訴外松田照次であると信ずるに至つたことに過失はないものと言うべく、原告の右主張は採用し難い。

(三) 広警察署司法巡査訴外河原一博が、被告住吉マサエの電話による右届出に基いて直ちに右訴外串山近子方に赴き、右同日同所に於て原告を前記(一)の詐欺事件の被疑者として緊急逮捕したことは原告と被告呉市との間に争いがない。右争いのない事実に証人河原一博、串山近子の各証言、原告本人、被告住吉マサエ本人各尋問の結果及び成立に争いのない甲第三、四、六号証、乙第二号証を綜合すれば次の事実が認められる。昭和二十八年五月二十一日午後十時二十分頃当時広警察署に於て当直勤務中の右河原巡査は、被告住吉マサエから電話で前記(一)の詐欺事件の概要とその犯人が今ホワイトローズこと訴外串山近子方に入つたから直ぐ来て欲しい旨の届出を受けた。そこで同巡査は直ちに被告住吉マサエ方に赴き、同被告より重ねて右詐欺事件及び前記(二)の詐欺未遂事件の被害状況並びに右串山近子方に入つた原告がその容貌、服装等に於て右詐欺犯人と酷似しているとの説明を聴取し、原告が右詐欺事件を犯したことを疑うに足りる充分な理由があると判断して、右串山近子方に臨み同所に居合せた原告に対し右詐欺事件につき質問したところ、犯行を否認したので、直ちに身柄を拘束しなければ逃亡の虞があり且つ急速を要し裁判官の逮捕状を求めることが出来ないものと認め、同日午後十時三十分頃右同所に於て原告を緊急逮捕した上広警察署に連行した。そして同夜同署に於て被告住吉マサエ及び訴外串山近子を取り調べ、被告住吉マサエからは重ねて右詐欺被害の状況を聴取すると共に、再び原告に面接せしめて原告が右詐欺犯人に相違ないことを確認する旨の供述を得、又訴外串山近子からは当時同人方では料理人を雇つておらず、右詐欺事件当日には同人方より被告住吉マサエ方に卵やベーコン等を註文した事実がない旨、及び前同夜原告は同人方に於て「わしの叔父は広署で刑事部長をしている。わしは今金を持つていないがビールを飲ましてくれ。」と言つていた旨を聴取し、更に調査の結果広警察署に原告の言う如き刑事部長のいないことを確め得たので、原告に対する犯罪の嫌疑充分と思料し、原告の一貫した犯行否認に拘らずこれを採用することなくその身柄を同署留置場に拘束した。以上のように認められ他に右認定をくつがえすに足りる証拠はない。

凡そ犯罪捜査の職に従事する者が被疑者につき犯罪の嫌疑の有無特に身柄拘束の要否を判断するに当つては、前述した憲法の保障する基本的人権尊重の理念及びこれを受けた刑事訴訟法の諸規定に鑑み、信用し得る客観的資料に基き慎重且つ適正にこれをなすべく、えん罪により嫌疑を蒙り不当に身柄を拘束される被疑者が存しないよう極力配慮すべきは言うまでもないところであるが、右認定の如く当時としては相当に信用することが出来且つ客観的な資料であつたと認められる被告住吉マサエの再三にわたる供述、及びこれを補強する訴外串山近子の供述等が存在した情況下に於ては、原告が一貫して犯行を否認しておつても尚前記詐欺罪を犯したことを疑うに足りる充分な理由があつたものと謂うべきであり、且つ諸般の情況により身柄拘束の必要があるとして緊急逮捕の措置を取つた右河原巡査には職務遂行上の過失は存しなかつたものと断定するのが相当である。

(四) 広警察署巡査部長訴外平一行が原告に対する緊急逮捕の逮捕状を裁判官に請求してこれを得た上、身柄拘束のまま原告を前記(一)の詐欺被疑事件の被疑者として検察官に送致したことは原告と被告呉市との間に争いがない。右争いのない事実に証人平一行、坂口スエノ(後記措信しない部分を除く)の各証言、原告本人尋問の結果及び成立に争いのない甲第三、五、六、七号証、乙第一、二号証を綜合すれば次の事実が認められる。右平巡査部長は昭和二十八年五月二十二日原告を被疑者とする前記(一)の詐欺被疑事件の配填を受けその捜査に当つたのであるが、同巡査部長は先ず右(三)の如き被告住吉マサエ及び訴外串山近子の河原巡査に対する各供述を記載した調書により、前記(一)の詐欺被害の発生していること、原告と面接した被害者たる被告住吉マサエに於て原告が右詐欺事件の犯人であるに相違ない旨確信していること、原告が逮捕の直前に右串山近子に対し「叔父が広署の部長をしている。わしは今金を持つていないがビールを飲ましてくれ。」と虚偽の事実を申し向けていること等を確めた上、原告を取調べたところ、原告は同巡査部長に対し犯行を否認し、且つ右事件当日たる同月二十日には呉市広町南古新開の自宅たる訴外高殿シズノ方に於て午前十一時頃まで就寝してをり、起床後は正午頃昼食を済ませた後右訴外高殿シズノ及び坂口スエノ両名に附添いハイヤーで呉市内の中村産婦人科に赴き、午後三時頃帰宅した旨アリバイを申し立てた。そこで同巡査部長は直ちに右高殿シズノ方に到り、同所に居合せた同家の使用人訴外坂口スエノ及び松平ナナ子につき原告のアリバイを捜査したところ、松平ナナ子は原告はパチンコに出掛けてよく家をあけるから右五月二十日の午前中はどこに居たか判らない旨供述し、同席した坂口スエノも格別これに異議をさしはさまなかつたので、右原告のアリバイ申立は疑わしく、信ずるに足りないものと判断し、以上の捜査の結果原告については前記(一)の詐欺事件を犯した嫌疑が充分であり、且つ原告は犯行を否認するのみならず平素からよく家をあけているので身柄を拘束しなければ逃亡の虞があると認定した。そして右(三)の訴外河原巡査による原告の緊急逮捕については、同巡査部長に於て同月二十二日午前十一時頃広島地方裁判所呉支部裁判官に対し逮捕状を請求した結果同日裁判官から逮捕状が発せられたので、同巡査部長はその翌二十三日午前九時三十分頃関係書類等と共に身柄拘束のまま原告を前記(一)の詐欺被疑事件の被疑者として呉区検察庁検察官に送致する手続を取つた。以上のように認められ証人坂口スエノの証言中右認定に反する部分は措信し難く、他に右認定をくつがえすに足りる証拠はない。

而して犯罪捜査の職に従事する者が被疑者につき犯罪の嫌疑の有無特に身柄拘束の要否を判断するに当つて配慮すべき注意義務は前記(三)に述べたとおりであるが、右認定の如く当時としては相当に信用することが出来且つ客観的な資料であつたと認められる被告住吉マサエ、訴外串山近子の河原巡査に対する各供述調書、及び訴外松平ナナ子の前記供述等が存在したので、右供述調書並びに関係人の供述に依拠して原告の犯行否認をしりぞけ、原告が前記(一)の詐欺罪を犯したことを疑うに足りる充分な理由があるものと認め且つ逃亡の虞があると判断し、裁判官に原告に対する逮捕状を請求してこれを得た上、原告の身柄を拘束したまま右事件を検察官に送致した右平巡査部長に職務遂行上の過失はないものと認定するのが相当である。

(五) 副検事訴外青山昌夫が原告に対する右詐欺被疑事件の捜査に当り、昭和二十八年五月二十三日広島地方裁判所呉支部裁判官に原告に対する勾留状を請求してこれを得たこと、右勾留状の執行により原告が呉市吉浦町呉拘置支所に勾留されるに至つたことは、原告と被告国との間に争いがない。そして右争いのない事実に証人西川悟、青山昌夫の各証言、被告住吉マサエ本人尋問の結果、及び成立に争いのない甲第六号証、第八乃至十一号証、乙第一、二号証丙第一、二号証を綜合すれば、右青山副検事は同年五月二十二日広警察署より身柄拘束のまま送致された右詐欺被疑事件につき同月二十三日午前十一時三十分頃呉区検察庁検察官として原告の弁解を求めたところ、原告は犯行を否認しアリバイを申し立てたが、右広警察署より送付を受けた事件送致書、被告住吉マサエ、訴外串山近子の河原巡査に対する各供述調書等その他一件書類の記載により、前記(一)の詐欺被害の発生していること、原告と面接した被害者たる被告住吉マサエに於て原告が右詐欺事件の犯人であるに相違ない旨確言していること、原告は常にパチンコ等をし家をあけて外出するので信用がないこと等が認められたので、原告が右詐欺事件を犯したことを疑うに足りる相当な理由があり、而も身柄を拘束して取調をしなければ罪証を隠滅し逃亡する虞があるものと判断し、即日広島地方裁判所呉支部裁判官に原告に対する前記被疑事実により勾留状を請求した。その結果翌二十四日右広島地方裁判所呉支部裁判官により原告に対する勾留状が発布され、右勾留状の執行により原告は同日午後一時二十分頃呉市吉浦町呉拘置支所に拘禁されるに至つた。その後同副検事は同月二十八日被告住吉マサエを取り調べ、同被告より前記詐欺被害の状況を聴取した上、同被告を原告と面接せしめ原告が右詐欺犯人に相違なく上衣も髪型も犯行当時と同一である旨の供述を得ると共に、三、四回にわたり原告を呼び出し取調べを進めたのであるが、原告が否認を続けたため自白調書を取るには至らなかつたことが認められその間同副検事の原告に対する右取調べに当つて原告主張のような精神的若くは肉体的な強制が加えられたとは認められない。そして原告本人の供述中右認定に反する部分は措信し難く、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

凡そ犯罪捜査の職に従事する者が、被疑者につき犯罪の嫌疑の有無特に身柄拘束の要否を判断するに当つては、前記(三)に述べた如き慎重な配慮を要するものであり、又原告主張の如く検察官としては、その際必要があれば司法警察職員を指揮して捜査を補助せしめ得る等の権限を充分に行使して被疑者の弁解の真否を確め、以てその基本的人権の保障を全うすべき職務上の注意義務を負つていることは言う迄もない。しかし右認定の如く当時としては相当に信用することが出来且つ客観的な資料であつたと認められる広警察署よりの事件送致書、被告住吉マサエ、訴外串山近子の河原巡査に対する各供述調書等が存在した情況下に於ては、司法警察職員を指揮して捜査を補助せしめるまでもなく、右各書面の記載等に依拠して原告の犯行否認をしりぞけ、原告が前記(一)の詐欺罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由があると認め且つ逃亡の虞があると判断した上、裁判官に原告に対する勾留状の請求をなし、而もその後原告の犯行否認とアリバイ申立とを措信するに足りる事情がないので、身柄拘束を続けて捜査を進めた右青山副検事の措置は当時としては適正なものというべく、その公権力行使に当つて職務上の過失は存しなかつたものと言わなければならない。

(六) 原告のアリバイ申立の真実であることが判明し、昭和二十八年六月一日前記詐欺事件についての嫌疑なしとして原告が釈放されたことは、原告と被告国との間に争いがない。原告は右釈放に当つて訴外西川検察事務官が不当な言辞を以て原告を侮辱した旨主張するけれども、原告本人の供述に徴しても、当時右西川検察事務官が原告に申向けたのは「二度とこのようなことをせぬよう」「二度と来ないよう」訓戒したに止ることが窺知できるので、仮りにこの程度の言辞を申向けたとしても、諸般の事情に照しこれを以て原告を侮辱したものと認めることはできない。従つて原告のこの点の主張は採用できない。

二、(一) 昭和二十八年五月十九日前記訴外松田照次が、乾物商を営む呉市広町大新開訴外藤三食品株式会社に於て、同会社店員訴外藤村ハツネ及び高田律子に対し右同町所在武田食料品店の使の者である旨虚偽の事実を申し向けて同人等を欺きよつて同人等より価格金二千円相当の味の素金罐一個を騙取したことは各当事者間に争いがない。

(二) 当時被告呉市の自治体警察であつた広警察署の司法巡査訴外西谷幹夫が、昭和二十八年六月五日呉市広町所在の同署末広巡査部長派出所に於て、原告を右(一)の詐欺事件の被疑者として緊急逮捕したことは原告と被告呉市との間に争いがない。右争いのない事実に証人西谷幹夫、竹光英子、高田律子、藤村ハツネの各証言、原告本人尋問の結果(後記措信しない部分を除く)及び成立に争いのない甲第十四、十七、十八、十九号証を綜合すれば、次の事実即ち、同年五月三十日前記藤三食品株式会社の店員高田律子他一名が右末広巡査部長派出所に到り、右西谷巡査に対し右(一)の詐欺被害を蒙つた旨届け出た。そこで同巡査はこの届出に基き右詐欺事件の捜査を開始したのであるが、同巡査は当時同一手口による詐欺事件が頻々と発生してをり、而もその中の一件である前記一の(一)の被告住吉マサエに関する詐欺事件の被疑者として原告が検挙された旨を同僚巡査より聞知していたので、右藤三食品株式会社に関する詐欺事件についても原告に対し一応の嫌疑をかけ、右派出所に於て右高田律子に原告の写真を示したところ、同人より「よく似ているがはつきりしない。」旨の供述を得た。その後同年六月五日午後四時頃偶々同巡査は呉市広町の映画館金星座に入場する原告を発見したので、直ちに右高田律子及び詐欺事件当時現場に居合せていた藤三食品株式会社店員訴外竹光英子の両名を伴つて右金星座に赴き、映画観覧中の原告を館外に呼び出した上面接せしめたところ、高田律子は「犯人はこの人である」旨を、又竹光英子は「はつきりは判らないが犯人と後姿及び横顔が似ている」旨を交々述べたので、愈々原告への嫌疑を深め、犯行を否認する原告に対し右派出所まで任意同行を求めた。そして同派出所に於て高田律子及び右藤村ハツネ両名を重ねて原告に面接せしめたところ、両名は右(一)の詐欺被害の状況を繰返し供述すると共に、その犯人は背の高さ、顔色、顔形、髪の伸ばし方等よりして原告に相違ない旨を異口同音に申し立て、更に原告は同巡査に対し犯行を否認し前記詐欺事件の日時には右金星座に於て映画を観覧していた旨アリバイを主張したが、その際如何なる映画が上映されていたかは知らないと述べ右アリバイの主張も信用出来なかつた。ここに於て同巡査は原告が右(一)の詐欺事件を犯したことを疑うに足りる充分な理由があり、且つ犯行を否認するので罪証隠滅の虞もあり、更に急速を要し裁判官の逮捕状を求めることが出来ないものと認め、同日午後六時三十分頃右派出所に於て原告を緊急逮捕した。そして引続き同派出所に於て右緊急逮捕手続書を作成していると、原告が「二千円位のことなら金を払うから広署に送るのをこらえてくれ。」と申し出たので、同巡査は右申出を原告自ら犯行を認め処分を穏便に済ませて欲しいとの希望を表明した趣旨に了解し、「自分にはそのような権限はない。やつたのならやつたと言つてくれ。」と答えたところ、原告は、右同様の申出を繰返すのみであつた。そのため同巡査は原告の自白調書を作成するに至らぬまま、同日午後八時五十分頃原告の身柄を広警察署司法警察員に引致したものであることが夫々認められ、原告本人の供述中右認定に反する部分は措信し難く、他に右認定をくつがえすに足りる証拠はない。

凡そ犯罪捜査の職に従事する者が被疑者につき犯罪の嫌疑の有無特に身柄拘束の要否を判断するに当つて配慮すべき注意義務は前記一の(三)に述べたとおりであるが、右認定の如く当時としては客観的に見て信用することが出来たと認められる訴外高田律子、竹光英子、藤村ハツネの各供述が存在し、而も原告のアリバイ申立及び犯行否認が不徹底で疑わしかつた情況下に於ては、右供述等に依拠して原告の犯行否認をしりぞけ原告が右(一)の詐欺罪を犯したことを疑うに足りる充分な理由があり、且つ罪証隠滅の虞があるため身柄拘束の必要があるとして緊急逮捕しその身柄を司法警察員に引致した右西谷巡査の措置は、警察官として、職務遂行上やむを得ないところであつて何等咎むべきものではないと言わなければならない。原告は同巡査が、前述の如く被告住吉マサエに関する詐欺事件につきえん罪により逮捕されたことが明かとなつて釈放されたばかりの原告に対し漫然右(一)の詐欺事件の犯人ではないかとの嫌疑をかけたことは、同巡査の過失であると主張する。しかし仮にたとえ同巡査に於て当時原告が証拠不十分として釈放されたものであるとの真相を知つていたとしても、前記の如き諸情況下に於ては同巡査の措置は、当時としては寧ろ妥当な措置といわざるを得ず、職務の執行につき過失ありとはいえないので、原告の右主張は採用し難い。なお亦原告は同巡査より虚偽の自白を誘導し強要されたと主張し、原告本人は同巡査から自白を誘導された趣旨の供述をしているけれども、証人西谷幹夫の証言並に弁論の全趣旨に照し輙くこれを措信することができず、他に原告主張事実を認むべき証左はない。従つて原告の右主張も亦採用するに由ない。

(三) 広警察署巡査部長訴外平一行が原告に対する緊急逮捕の逮捕状を裁判官に請求してこれを得た上、身柄拘束のまま原告を前記(一)の詐欺被疑事件の被疑者として検察官に送致したことは、原告と被告呉市との間に争いがない。右争いのない事実に証人西谷幹夫、平一行の各証言、原告本人尋問の結果(後記措信しない部分を除く)及び成立に争いのない甲第十四号証、第十六乃至十九号証、乙第三号証を綜合すれば次の事実が認められる。右平巡査部長は昭和二十八年六月六日原告を被疑者とする前記(一)の詐欺被疑事件の捜査に当つたのであるが、同巡査部長は右(二)の如き訴外高田律子及び藤村ハツネの西谷巡査に対する各供述を記載した調書により、前記(一)の詐欺被害の発生していること、原告と面接した被害者たる右高田律子及び藤村ハツネの両名に於て、原告が右詐欺事件の犯人であるに相違ない旨確言していることを確め、更に西谷巡査より原告が逮捕の際同巡査に対し弁償するからこらえてくれと申し述べた旨の報告があつたので、原告の犯行否認及びアリバイ主張に拘らず、原告が前記(一)の詐欺罪を犯した嫌疑が充分であり且つ逃亡の虞があると認定した。そして右(二)の訴外西谷巡査による原告の緊急逮捕については、同巡査部長に於て右同日午前十一時頃広島地方裁判所呉支部裁判官に対し逮捕状を請求した結果、同日裁判官から逮捕状が発せられたので、同巡査部長はその翌六月七日午前九時三十分頃関係書類等と共に身柄拘束のまま原告を前記(一)の詐欺被疑事件の被疑者として呉区検察庁検察官に送致する手続を取つた。以上のように認められ原告本人の供述中右認定に反する部分は措信し難く、他に右認定をくつがえし原告の主張を容れるに足りる証拠はない。

凡そ犯罪捜査の職に従事する者が被疑者につき犯罪の嫌疑の有無、特に身柄拘束の要否を判断するに当つて配慮すべき注意義務は、前記一の(三)に述べたとおりであるが、右認定の如く当時としては客観的にみて充分信を措くに足りると認められる訴外高田律子、藤村ハツネの西谷巡査に対する各供述調書及びこれを補強する同巡査の前記報告等が存在した状況下に於ては、右供述等に依拠して原告の犯行否認をしりぞけ、原告が前記(一)の詐欺罪を犯したことを疑うに足りる充分な理由があると認め且つ逃亡の虞があると判断するのは捜査官としては寧ろ常識であり、これに対し裁判官に逮捕状の請求をなし、更に身柄を拘束したまま右事件を検察官に送致したのは妥当な措置と認むべく右平巡査部長の職務遂行について過失があつたとは認められない。原告は同巡査部長が前述一の如く既に被告住吉マサエに関する詐欺事件につき、原告を被疑者として取調べ呉区検察庁に送致してをり、同事件が検察庁に於て嫌疑なしの裁判を受け、原告の無実が明らかにされたばかりであることを知つてをりながら、不注意にも再び原告を右(一)の詐欺事件の犯人であると誤認したと主張するのであるが、同巡査部長の証言によれば右取調の際には同巡査部長は未だ検察庁より被告住吉マサエに関する詐欺事件の処分通知を受け取つてをらず、原告に対する右嫌疑なしの裁定を了知していなかつたことが認められるのみならず、たとえ同巡査部長に於て当時原告が嫌疑なしの裁定を受け釈放されたものであるとの真相を知つていたとしても、前記の如き諸情況下に於てこれに対し強制処分を採るのは捜査官としてやむを得ない措置であつて、同巡査部長に職務上の過失はない。

(四) 副検事訴外浅木森成男が原告に対する右詐欺被疑事件の捜査に当り、昭和二十八年六月七日広島地方裁判所呉支部裁判官に原告に対する右詐欺被疑事件につき勾留の請求をなし、これが勾留状を得て執行した結果、原告が呉市吉浦町呉拘置支所に勾留されるに至つたことは、原告と被告国との間に争いがない。右争いのない事実に、証人青山昌夫の証言及び成立に争いのない甲第十七、十八号証、第二十乃至二十二号証、丙第四、五号証を綜合すれば、右浅木森副検事は同年六月七日広警察署より身柄拘束のまま送致された右詐欺被疑事件につき、同日午前十一時三十分頃広島地方検察庁呉支部検察官として原告の弁解を求めたところ、原告は被疑事実中物件の交付を受けたことはこれを認め、犯意の点につき代金は翌日払うつもりであつた旨弁解すると共に、被害弁償の申し出をなし、而も右広警察署より送付を受けた訴外高田律子、藤村ハツネの西谷巡査に対する各供述調書の記載により、前記(一)の詐欺被害の発生していること、原告と面接した被害者たる右高田律子及び藤村ハツネの両名に於て、原告が右事件の犯人であるに相違ない旨確言していることが認められたので、原告が右詐欺事件を犯したことを疑うに足りる相当な理由があり、且つ犯意の点が明確を欠き罪証隠滅の虞があるものと判断し、即日広島地方裁判所呉支部裁判官に原告に対する勾留状を請求した。その結果翌八日右広島地方裁判所呉支部裁判官より原告に対する勾留状が発布され、右勾留状の執行により原告は同日午後四時十五分呉市吉浦町呉拘置支所に拘禁されるに至つたものであることを認めることができ他に右認定をくつがえすに足りる証拠は存しない。

凡そ犯罪捜査の職に従事する者が被疑者につき犯罪の嫌疑の有無特に身柄拘束の要否を判断するに当つては、前記一の(三)に述べた如き慎重な配慮を要するものであり、又原告主張の如く検察官としては、その際必要があれば司法警察職員を指揮して捜査を補助せしめ得る等の権限を充分に行使して被疑者の弁解の真否を確め、以てその基本的人権の保障を全うすべき職務上の注意義務を負つていることは曩に述べたとおりである。しかし右認定の如く当時としては前記の如く犯罪の嫌疑濃厚と認められる客観的な資料充分であり、且つ勾留の必要ありと認められる情況下に於ては、司法警察職員を指揮して捜査を補助せしめるまでもなく、原告が前記(一)の詐欺罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由があると認め且つ罪証隠滅の虞があると判断した上、裁判官に原告に対する勾留状を請求しこれを執行することは、当時としては寧ろ当を得たものというべく、検察官としての職務の執行について過失はないと認めざるを得ない。なお原告は、同副検事は既に原告に対し検察官同一体の責任に於て前記一の被告住吉マサエに関する詐欺事件につき誤つて無実の罪を問い拘禁したことが明かになつたばかりであり、更に原告が同副検事になした自白は右(三)の広警察署平巡査部長の取調べの際に原告が被害者等の供述調書を読んで得た知識に基く虚偽のものであり而もその内容は依然詐欺の犯意を否認するものであつたのに拘らず、漫然原告を犯人であると判断したことは同副検事の過失であると主張する。なる程証人青山昌夫の証言によれば、当時右浅木森副検事に於て既に原告が前記一の被告住吉マサエに関する詐欺事件につき嫌疑なしとして釈放された事実を了知していたことを推察できるし原告が同副検事になした自白の内容が依然詐欺の犯意を否認するものであつたことも前認定のとおりであるが、これ等の事実を考慮に入れても前記諸情況の下に於ては、同副検事において原告が前記(一)の詐欺罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由があると認め、これに対し強制処分を採つたのは相当であつて職務上の過失を認めることは出来ない。

(五) 原告が昭和二十八年六月十日検察事務官訴外西川悟に対し、犯意の点をも含め前記(一)の詐欺事件の犯行の詳細を自白した上、金二千円の被害弁償を行い、その結果同月十六日釈放されて起訴猶予処分に付されたことは、原告と被告国との間に争いがない。

原告は右西川検察事務官が原告を前記(一)の犯人であると誤信した結果、原告をして虚偽の自白をなさしめ且被害弁償をもなさしめた上、不当に勾留を継続せしめた旨主張するけれども、証人西川悟、高殿シズノ(第一回)の各証言、原告本人の供述の一部(後記措信しない部分を除く)及び成立に争いのない甲第二十三号証、丙第七、八号証並びに弁論の全趣旨を綜合して考察すれば、前記西川検察事務官が原告を前記(一)の犯人であると思料したのは結局において誤りであつたとはいうものゝ、同人に対する原告の自白が、同人の誘導、若くは強制によるものであつたとは到底認められないし、又被害弁償は原告からの連絡により訴外高殿シズノにおいて任意になしたものであつて、西川検察事務官がこれに干与したものであるとの証拠はない。尤も原告本人は検察庁において誘導されたので虚偽の自白をした旨供述をしているけれども前記証拠に照し措信することができない。してみれば前記西川検察事務官の職務執行について原告主張の如き違法の点はない。

三、(一) 昭和二十八年六月二十三日に前記訴外松田照次が広警察署に検挙され、その結果同人が十数件にわたる詐欺事件を犯してをり、前記一の(一)及び二の(一)各詐欺事件も共に同人の犯行である旨を自白したこと、並びにその当時同警察署司法警察職員が右松田照次を被疑者とする右両詐欺事件のみを検察官に送致しなかつたことは、原告と被告呉市との間に争いがない。原告は同警察署司法警察職員としては、速かに右松田照次を被疑者とする右両詐欺事件を検察官に送致し以て原告の無実であることを明確にするよう努力すベきであつたのに拘らず、却つて原告を被疑者として逮捕送検した自己の過失を祕匿するため、故らに右両詐欺事件の検察官送致を留保し、同警察署に於てこれを握り潰してしまつたと主張するので、この点について判断する。右争いのない事実に証人松田照次、原勇の各証言及び成立に争いのない甲第二十六、二十七号証を綜合すれば、右検挙当時訴外松田照次は取調べに当つた同警察署巡査部長訴外原勇に対し、自ら進んで前記両詐欺事件はいずれも自己の犯行である旨自白したのであるが、右原巡査部長に於て調査の結果、既に右両詐欺事件は被疑者等よりも原告が犯人であるに相違ないとの確認を得た上、原告を被疑者として同警察署より検察官に立件送致済であり、而も検察庁に問合せたところその中藤三食品株式会社関係の分については原告も自白し被害弁償まで済ませていることが判明したので、たとえ右の如き松田照次の自白があつても、原告と松田照次といずれを以て真犯人と解すべきかについては俄かに断定し難い状況にあり、なお引続き慎重に捜査を継続する必要上、松田照次を被疑者とする右両詐欺事件の立件と検察官への送致を留保したものであることが認められ、右立件及び送致の留保が原告主張の如く原告を被疑者として逮捕送検した過失を祕匿しようとする故意に出たものとは認められない。

(二) 先ず昭和二十八年十月頃右広警察署原巡査部長が原告に対し、前記二の(一)の藤三食品株式会社に関する詐欺事件の真犯人訴外松田照次から、原告の支払つた被害弁償金二千円を取戻してやる旨約束したこと及び右取戻が相当遅延したことは、原告と被告呉市との間に争いがないけれども、証人松田照次、原勇の各証言を綜合すれば右弁償金取戻の遅延は結局訴外松田照次が荏苒その支払を遅延したためであつて、同巡査部長が殊更延引せしめたものではないことが認められる。又原告は昭和二十九年二月七日夜藤三食品株式会社の訴外藤村新左衛門と共に広警察署に赴いたところ、その場に居合せた同警察署員数名から、不当にも「お前は度々来るが被害弁償金が欲しくて来るのか。係が違うから原巡査部長の自宅に行け。」等と罵倒されて侮辱を受けたと主張するけれども、証人藤村新左衛門の証言及び原告本人尋問の結果(後記措信しない部分を除く)を綜合すれば、昭和二十九年二月七日夜原告が藤三食品株式会社の店員訴外藤村新左衛門と共に広警察署に赴いたところ、その場に居合せていた数名の同署巡査等が、普通の会話口調を以て、「よく来るが何しに来るのか。」と尋ねたので、原告が「自分は有留だが藤村事件のことで藤村新左衛門を連れて来た」旨答えた。これに対し右巡査等の一人が前同様の口調を以て、「この事件は原部長の係だから原部長の処に行つてはどうか。」と指示したので、原告と藤村新左衛門とは直ちに同警察署を辞して原巡査部長宅へ向つたものであることを認定することができ、証人高殿シズノの証言及び原告本人尋問の結果中右認定に反する部分は措信することができない。してみれば原巡査部長が殊更弁償金の取戻を遅延して原告を愚弄し、或は広警察署職員数名が原告を罵倒したとの原告主張はいずれもこれを認めることが出来ない。

(三) 証人高殿シズノの証言、原告本人尋問の結果及び成立に争いのない乙第六号証を綜合すれば、原告が昭和二十九年二月七日夜呉市広町末広の道路上に於て、カルモチン二百錠を服用の上自殺を企てたことが認められる。原告は右自殺企図の動機は原告を被疑者とする前記一の(一)及び二の(一)各詐欺事件の逮捕勾留及びこれに関連する被告住吉マサエ、被告呉市の司法警察職員、被告国の検察官、検察事務官等の共同不法行為、釈放後における被告呉市の司法警察職員の無責任な態度に対する原告の怨嗟憤激の情が絶頂に達し、自己がえん罪により蒙つた物心両面の損害を回復し、又近隣の人々よりの疑惑を解消する由もないと絶望厭世の気持に陥つた挙句、死を以て右の不当な仕打や無責任な態度に抗議するためであつたと主張するが、被告住吉マサエ、被告呉市の司法警察職員、被告国の検察官、検察事務官等に原告主張の如き不法行為が認められないことは、以上詳細に説明して来たとおりであるから、仮りに原告が右自殺を企てた結果その主張するような傷病に罹患するに至つたとしても、これに対し被告等に責任ありとはなし得ない。

四、結論

本訴請求は要するに原告は訴外松田照次が犯した前記一の(一)及び二の(一)各詐欺事件に関し、被告住吉マサエの過失及び公権力行使に当る被告呉市の司法警察職員、同じく被告国の検察官、検察事務官の各職務遂行上の過失により被疑者として違法に逮捕勾留され、更に右勾留中、被告国の公務員から不当な強制、侮辱を加えられた外、釈放後において被告呉市の司法警察職員の侮蔑的行為並びに右不法行為に基因する原告の自殺未遂行為により蒙つた損害の賠償を請求するのである。なるほど原告が無実の罪により二回までも詐欺犯人としての嫌疑を受け、その都度逮捕、勾留されたことは弁論の全趣旨に徴し明かであり、その間原告が物心両面において受けた損害の尠くなかつたであろうことは想像に難くなく同情に堪へないところであるけれども、前叙の如く、右逮捕、勾留並びにこれに関連して被告住吉マサエの採つた行動、被告呉市及び被告国の各公務員の職務の執行について何等故意、過失の認むべきものがないので、不法行為に基く民法並びに国家賠償法による本訴請求は爾余の点について審究するまでもなく、理由ないものとして棄却するの外ない。

よつて訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 石見勝四 常安政夫 柳瀬隆次)

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